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イスケ紛争

脱走から国際参戦まで

phil.2013年8月、ファルトクノア第八県で治安維持活動中のリナエスト・オルト共和国陸軍から派遣された第三陸戦連隊(殆どがイスケ・リナエスト人で構成される)が戦線を離脱し、北の諸島国家(パハール王国)を蹂躙し始める。

王国側はファルトクノア共和国側に即刻状態を対処することを要求、これが非常事態であると理解したファルトクノア共和国首脳部は本国ユエスレオネ連邦国際外交院を通して内閣非常事態対策室に連絡し、連邦内閣は急遽内閣各大臣による内閣ファルトクノア特定脱走兵士問題対策室(TFSB/TastersserFafsirlestanen Snutok fon Bliument)を設立して関係省庁へのアクセシビリティを高める。

一方王国の本土では激しい戦闘が行われ、8月から9月の間にパハール王国の正規軍は機能を失い、降伏して第三連隊側の戦力となる兵士が大半を占めた。ファルトクノアは9月になってパハール王国の正規軍の機能喪失を確認したが、相手は本国の兵士であるためになお動くことは出来なかった。

ユエスレオネを筆頭とする五カ国(ユエスレオネ・ハタ・スキ・ファルトクノア・ラネーメ)による多国籍軍が9月5日に、サニス条約機構によるパハール平和維持活動軍が9月11日に、ヴェフィス共同体によるパハール平和活動ミッションが9月12日が参戦するなど様々な多国が参加した(国際参戦)。

PMCFでの紛争

国際参戦により事態は一時沈静化したものの、第三連隊は自らの戦う理由を衛星通信を用いて全世界へ発表した。それは以下の通りである。

10月24日、この発表を受けてリナエスト・オルス共和国(以下、共和国)はイスケ・リナエスト・オルス(以下、ILO)国家を国家承認し、「要求する国中のイスケ系リナエスト人を送還する準備は出来ている。」と姿勢を低めてILOに近づいた。

翌10月25日、これに対してPMCFは非難を発表。

11月10日、パハールのILOは何の装備も残さずに共和国に亡命を発表。共和国側は容認し、PMCFが非難声明を再度発表する。

11月12日、多国籍軍はパハールでの治安維持運動から撤退、パハール王国の再建ミッションはphil.2015年まで平和維持活動軍と平和活動ミッションによって行われることに なった。

同11月12日、ユエスレオネ連邦はILO幹部であるユージュニエ・アレス(únvdie ales)とドホジエ・アレス(vgtohošie ales)の引渡しを要求したが共和国側はこれを拒否。

11月15日、PMCF軍がリナエストの除名を宣告。

11月19日、PMCFはPMCFとしての独立性を保てなくなったとして共和国をPMCFから除名することを発表。

11月20日、共和国はこのPMCFの発表を非難するとともに対抗措置としてサニス条約の締結を連邦に打案、連邦が受け入れたことで、リナエスト・オルス共和国はサニス条約機構の一員となった。

リナエスト内戦へ

リナエスト・オルス共和国のILO幹部受け入れは、のちに国内の紛争および連邦の介入を招きリナエスト内戦へと繋がった。